





みやま市瀬高町にある女山神籠石(ぞやまこうごいし。読めない)
白村江の戦いで負けた日本が、唐・新羅の連合軍から防衛するために造られた古代山城らしい
福岡の大野城や基山は遠のみかどである大宰府を守るために築城された朝鮮式山城
その流れらしい
唐・新羅は博多湾から攻めてくるだけではなく有明海からも攻めてくると考えられたのだろうか
飛鳥時代の中央政権にいち早く知らせるために、その途中途中に同様の神籠石を築き、狼煙?を上げて攻めてきた時の伝達的な役割を果たしていたのではないかと思っている
ここもその一つなのでしょう
